21年間 私の愛しい存在。
2020-10-22

9月23日
秋分の日に日付が変わる頃
21年間寄り添い、共に生きてきた猫が
この世の生を全うしました。
本当に綺麗な子でした。
名をむぎといいます。
愛しい彼女の最期の時のことを
ここに長々と書き留めておこうと思います。

産まれて間もない小さなころ
麦畑からにゃーと出てきたので
この名前になりました。
猫にしてはかなりの長寿ですね。
3年前に私達がインド旅から帰宅した
その頃からだと思います。
少し様子がかわってきて
毎晩鳴いては私を呼び求めるようになりました。
旅に出ていた1か月半
よっぽど淋しい思いをさせてしまったのだと思います。
この子が私を求めるならば
出来るだけ応えたいと思ってたので
毎晩4、5回起こされてしまう事を
苦に思った事はありませんでした。
慢性的寝不足の私の身体を
連れ合いはずっと心配しながら
支え続けてくれていました。
むぎも健やかに穏やかに過ごしてましたが
数ヶ月前からは目も耳も不自由になり
壁伝いにうちの中を歩き回っていました。
行動範囲はどんどん狭くなって
寝床とごはんとトイレ、それから私。
この4ヶ所を嗅覚を頼りに歩いてました。
ほとんどの時間を動かずにじっとして
それでも、穏やかな時間を過ごしていました。
嗅覚も衰えた先月の、ある土曜の朝に
突然発作の様なものになりました。
とうとう、その時が来てしまったのだと
心の準備はしていたつもりでいましたが
本当にその時は来てしまうんですね。
土曜日は営業日。
私はどうしても
この子に集中していたかったので
お店を救急お休みにする為に
ご予約頂いているお客様に
朝から電話をかけました。
気は動転していましたが
意外と冷静な私で居る事ができました。
次の日の日曜日も同じくお休みにしました。
その節は急なお休みでご迷惑おかけしました。
猫って最期の時は家を離れて
独りで逝くことを好む生き物みたいですね。
なるべく彼女の意思を尊重したいのだけど
彼女の意思を聞くことができません。
でも、猫の習性としてこの説は信憑性が
あるように私は思うのです。
この子にはもう家をでて場所を探す力がないので
なるべく近づかず独りにする
それがこの子が望んでいる事なのかなと
そんな風に思いました。
だからなるべく近寄らず触らず
病院にも連れていかず
そっと静かに見守る事に決めました。
次の週末はとても悩みましたが
お店は営業しました。
もう、頑張らなくていいんだよ
とゆう気持ちにもなりました。
でもそれは、見守る事が辛すぎるから
自分が辛すぎるからなのかもしれない
そんな風に思いました。
自分に向き合う。結局またここです。
今むぎは頑張っているのだから
私は最期まで目をそらさずに見守ろうと
そう思う気持ちが強くなりました。
何もしてあげれる事がないままに
ただ見守るだけとゆうのは本当に辛いですね。
むぎはそうやって11日間を頑張りました。
辛そうに見えました。
本当に頑張りました。
最期の夜 0時を少し過ぎた頃
突然の太鼓の音に飛び上がる程びっくりしました。
太鼓ではなくむぎでした。
後ろ足を2本揃えて畳にバンバン!と
打ち付けた音でした。
とても力強く大きな音でした。
それがむぎの最期でした。
最期の最期はとても安らかでした。
あの子が逝ってしまって
私は泣きつかれてクタクタになりました。
ずっと自分を責めてしまう私です。
あの子の為にもっと出来る事があったんじゃないか
でもね、思い出す度に悲しい気持ちになる
あの子をそんな存在にしたくないんですね。
思い出す度に幸せな気分になる
本来あの子はそんな存在のはずなんです。
だから私は決めました。
これから先 私の人生で起こる嬉しい事は
すべてむぎのお陰なんだと思う事にしました。
そう決めたら随分と気持ちが楽になりました。
むぎのお陰よ。ありがとう。
本当に楽になるのです。(笑)
むぎは幸せそうだった。
確かにそう思える時は
今までに沢山ありました。
それを沢山思い出す事にしました。

1か月が経ってやっと
あの子の写真が見れる様になりました。
あの子の身体を埋葬した場所に
果樹を植えるイメージでいましたが
でも実際その時を迎えたら
赤い椿のイメージが強く湧く様になりました。
わたしの親しい友が花使いなのですが
椿は私を癒してくれる花だとゆう事を
教えてくれました。
花使いの彼女が椿の花のエッセンスを
以前私に作ってくれた事がありました。
私は本当にそれで癒され助けて貰いました。
椿って、花ごとボトッと落ちるので
なんだか淋しく儚いイメージでしたが
今はそうは思わなくなりました。
散らずに綺麗なまま
最期の時を迎える椿の花は
綺麗なものが大好きな私を
最期の時まで癒してくれている
私にとってはそうゆう優しい存在です。
まるでむぎのようです。
綺麗なまま土に還っていく花。
今日真っ赤な椿の苗を買いました。
むぎは人見知り猫だったので
来客時はほとんど姿を見せませんでした。
実際にむぎに会ったり触れあったり
そうゆう人は数少ないのですけれど
むぎを可愛がってくれて本当にありがとう。
憔悴している私を心配してくれて
ちょこちょこ様子を見に来てくれたり
差し入れを持って来てくれたり
優しい声をかけてくれていた近所の友人も
励ましてくれたあの人にもこの人にも
本当にありがとう。
むぎを私の人生に登場させてくれた
親友のふみの本当にありがとう。
ずっと支えてくれた私の連れ合いに感謝。

最近私、いつか自分が死んだら
白い野の花を沢山持ってきてね(笑)
なんて、遺言めいた事を(笑)
親しい友人に言ったりしていたので(笑)
むぎが逝った事を知った友達が
白い花と麦の穂を持ってきてくれました。
ありがとう。嬉しい。

それからむぎ、本当にありがとう。

私の中に愛しいとゆう感情が生まれる。
そんな喜びを私の人生に与えてくれました。
本当に愛しいこです。
- ご来店されるお客様へ(駐車場とご予約のご案内)
- お店の場所
- 今月の営業日
- MENU
- マンチズのピザ
- ピザ生地で焼く『マンチパン』
- マンチズの器 牛窓の備前焼
- マンチズの野菜 牛窓の自然栽培農園
- お子様同伴のご来店に関して
- ピザ屋のブログ
- マンチズの窯
- 牛窓の2人の画家
プロフィール

- MUNCH'S Pizzeria
- 岡山県瀬戸内市の牛窓という小さな町に2017年ひっそりとオープンした自家製酵母の石窯ピザ屋です。
海も緑も楽しめる自然豊かな牛窓で、日々の小さな幸せを喜びながら、のんびりと穏やかに暮らしています。
お店をオープンする前の数年間は黄色いベンツトランスポーターに小さな石窯を積み、移動販売を営んでおりました。 - マンチズのピザ
- マンチとはムシャムシャ食べるという意味です。
身体は何から出来てるの?
この単純なハテナを真剣に考えた数年前。
私達が出した答は『食べもの』でした。
それがマンチズのスタートラインです。
オーガニックレーズンで自家製天然酵母をおこしています。国産小麦のピザ(現在は北海道産)。野菜は旬の物、なるべく自然栽培のオーガニック地場もの。加工品(ベーコン:パンチェッタ:スモーク肉や魚:オイルサーディン等)は自家製。チーズは全て生乳と塩のみ添加物不使用の物を使っています。塩は天日海塩、卵は平飼有精卵orこだわり飼料卵、砂糖は粗糖orきび砂糖。地元の旬の食材を生かしたピッツァ作りを楽しんでいます。
- 食を愉しもう。
- 食べることも作ることも楽しみ愉しむ。
そんな思いを大切に暮らしています。
人生のなかで『食』は大切な時間だと思っています。
美味しいものを食べると単純に幸せを感じます。
そんな『幸せの食卓』がつくりたくてピザを焼いてます。
食材に拘ることも大切ですが、作ることや食べることを喜び楽しみたいと思っています。
食材も器も、作り手さんが愛を込めて作ってくれたもの。
そんなものが溢れる食卓を作り囲みたいです。
- 環境について考える
- 私たちマンチズは環境のことを考えなるべく自然に寄り添った生き方をしたいと思っています。
排水はなるべく汚したくない、ゴミはなるべく出さない、必要最低限の洗剤しか使わない。そんな思いで生活しています。お店は私達の暮らしの一部です。だから普通のお店とはちょっと違う所があるかもしれませんのでご了承下さい。『使い捨て』という文化をなるべく避けた暮らしをしておりますのでマンチズには使い捨ておてふきはありません。ご面倒でもお手洗いのご利用お願い致します。
また、珈琲ミルクやガムシロップ等も個装された物は使いませんのでご了承ください。
- たまに『売り切れ』もあります
- 日本の食品ロスは現在世界で上位です。マンチズは愛込めて作って頂いた食材を大切に扱いたいと思っています。その為仕込み量はあまり増やさないようにしているので、『売り切れ』になる事もございます。ご了承下さいませ。